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地元密着の建設会社承継|後継者への事業承継で障壁となる個人保証と元請関係の財務実務

2026年6月1日
建設会社M&A

 地域に根ざして建設業や工務店を営む経営者様が引退を意識した際、最初に検討されるのが身内への事業承継です。自身の子供や配偶者などの親族へ引き継ぐ「親族内承継」や、長年会社を支えてくれた幹部社員や経営を支えてきた右腕を社長にする「社内昇格承継」がこれに該当します。

 これまで共に歩んできた身内に会社を託す選択肢は、一見すると最も自然です。従業員や取引先にとっても、受け入れやすい形であると考えられがちです。

 しかし、日々の工事現場を円滑に引き継ぎすることと、会社全体の「経営責任」を過不足なく引き継ぎすることとの間には、非常に大きな乖離が存在します。


 後継者側にどれほど会社を継ぎたいという強い意思や熱意があったとしても、建設業特有の財務構造や業界慣行によって、承継後に予期せぬリスクや重圧を背負わせることになってしまうケースもあります。

 本記事では、自社単独での親族・社内承継において、具体的にどのような財務・実務上の障壁が存在するのか、解説します。

1. 数億円規模の現場保証・運転資金にともなう「個人保証」の重圧

 建設業の事業承継において、最も高いハードルとなるのが、金融機関からの借入金に対して設定されている経営者個人の「連帯保証(個人保証)」の引き継ぎです。

 建設業の財務には特有の性質があり、常に多額の資金が動いています。主に以下のような資金の動きがあるためです。


 現経営者様にとっては実績に基づいた日常的な融資であっても、これらを後継者に引き継ぐ際には、金融機関から新たな代表者個人の連帯保証への変更を求められます。

 親族や長年現場を仕切ってきた幹部社員が、技術面や営業面でどれほど優秀な人材であっても、数億円規模の債務の責任を個人で引き受けるだけの資産背景がないことが多々あります。


 万が一の際の人生を左右しかねない重圧は、個人の心理的・精神的な限界を超えているケースも珍しくありません。この個人保証の存在が後継者の心理に重い負担を与え、承継の合意に至らない大きな要因となっています。

2. 元請ゼネコンや主要顧客との「シビアな人間関係」の世代交代における難しさ

 地元密着の建設会社において、毎期の受注を支えているのは、現経営者様が数十年という長い歳月をかけて築き上げてきた個人的な関係性です。

具体的には、以下のようなつながりが受注のベースとなっています。

 

 これらの人間関係によって維持されていた発注ルートは、経営者が交代した瞬間にリセットされる恐れがあります。


 新代表者に代わった直後から、取引先からは組織としての純粋な施工能力や、工期順守の確実性、さらにはシビアな相見積もりにおける価格競争力といった視点で、フラットに評価されることになります。



 後継者候補がその変化に適応し、先代と同等以上の受注量を確保するための新たな関係性をゼロから構築するには、膨大な時間と営業スキルが必要です。


 この関係性が構築されるまでの移行期に、一時的に受注が落ち込むリスクに対して、交代した後継者が組織を維持し続けられるかという経営上の問題が発生します。

3. 経営管理・財務スキルの不足による適性のミスマッチ

 幹部社員や経営者様の右腕を後継者とする場合、「最高の職人・現場監督」が、そのまま「優秀な経営者」になれるとは限らないという適性の問題に直面します。

 なぜなら、現場を管理する能力と、会社を経営する能力は以下のように全く異なるスキルだからです。



 現場一筋でキャリアを積んできた優秀な人材に、突然「財務」や「労務」「コンプライアンス管理」のすべての責任を担わせることは、本人の得意分野を活かせなくなるリスクを伴います。



 さらに、昨今の建設業界では、時間外労働の上限規制の適用(いわゆる2024年問題)への対応や、インボイス制度にともなう外注先の免税・課税管理、電子帳簿保存法への対応など、バックオフィス実務の難易度が急激に上昇しています。


 これらの実務の負担が現場出身の新社長を圧迫し、日々の現場の品質管理にまで影響を与えてしまうケースもあります。

4. 古参社員や職人とのパワーバランスの崩壊にともなう組織的摩擦

 生え抜きの社員が社長に就任した際、社内の人間関係のバランスが大きく変化し、組織内に深刻な摩擦が生じるリスクがあります。

 特定の社員が社内昇格によって社長になることで、以下のような組織内の変化が発生します。



 特に、長年会社を支えてきた職人たちの中に、感情的なしこりが生じると、指示に従わなくなったり、最悪の場合は複数の有資格者が同時に離職したりする事態に発展します。



 若手や新入社員の採用・定着が極めて困難とされている現在の建設業界において、コアメンバーであるベテラン社員の離職や組織の内紛は、そのまま受注可能枠の縮小に直結し、会社を維持できなくなる深刻なダメージをもたらします。

5. 自社株式や事業用資産の引き継ぎにともなう資金調達の難しさ

 財務的な側面において、親族内承継であっても社内承継であっても避けて通れないのが、資産の移転に伴う資金調達の問題です。

 引き継ぎの際、主に以下のような高額な資産を後継者へ移転させる必要があります。



 会社に一定の利益や内部留保が積み上がっている場合、自社株式の評価額は予想以上に高額になっています。これらを親族に贈与・相続させる場合には多額の税負担(贈与税・相続税)が発生し、事前の税務対策を誤ると、後継者個人が税金を支払うために多額の借金を背負うことになります。



 また、社内の幹部社員や右腕に引き継ぐ場合は、さらに状況が複雑です。後継者個人が数千万円から数億円にのぼる自社株式を買い取るための自己資金を持っていないことがほとんどです。


 かといって会社が自己株式として買い取る場合、法的な制限や会社の内部留保を大きく切り崩す必要性が出てきます。この資産移転のための資金調達の難しさが、実務上の手続きを停滞させる大きな障壁となっています。

周囲に過度な負担をかけていないかの客観的な検証を

 これまで地元密着で築き上げてきた歴史と、現場の従業員や職人たちの雇用を守りたいという経営者様の想いは非常に尊いものです。

 しかし、その想いを実現するための手段として、既存の親族内承継や社内昇格に頼ることは、後継者に対して以下のような重圧を無条件に強いる結果になりかねません。



 経営責任の世代交代を円滑に成功させるためには、引き継ぐ側の熱意に依存するのではない手法を考える必要があります。ここまで見てきた個人保証の現実、受注ルートの持続性、および資産移転の資金計画について、数字に基づいた冷静なシミュレーションを行うことが不可欠です。

 

 もし、自社単独での内部承継を進める上で、これらのリスクを解決する見通しが立たない場合は、現在の資産構成のまま進めるべきか、周囲の負担を軽減する他の仕組みを考慮すべきか、枠組みを客観的に検証することが、会社と社員の未来を最も確実に守るための判断となるのではないでしょうか。



この記事の執筆者


井上 絢翔(Kento Inoue)

國學院大學法学部卒業後、建設業界の法人営業を経て株式会社インフィニティライフに参画。現在は学習塾業界を中心にM&Aアドバイザーとして活動。

前職の知見と誠実な姿勢を活かし、経営者の想いに寄り添う支援に注力している。